会社概要

日本の通信をリードし続ける日本コムシスの“履歴書”

創立は1951年。当時の社名は「日本通信建設」。“日本”の“通信”インフラを“建設”する会社として産声を上げる。

 IP電話網、光ファイバ回線、そして高速無線技術・・・。ユビキタス社会の核となる通信ネットワークの動向は、マスコミなどで頻繁に報じられ、世間の関心も高い。

 しかし、通信ネットワークの構築に不可欠な設備を建設している企業群(=業界)の存在を知る人は、少ない。「通信建設業界」と呼ばれているこの業界。もともとは第二次大戦後の復興期に、「日本の電気通信インフラを復興・整備し、電話の普及に貢献する」という公的な要請を受けて誕生した業界なのだ。その黎明期にあたる1951年に、日本初の通信工事専門会社として発足したのが、日本コムシスである。当時の社名は「日本通信建設」。以来、半世紀以上にわたって、通信回線の敷設、交換機の設置、無線中継基地局の建設など、通信設備工事のリーディングカンパニーとして確実な経営基盤を築いてきた。

70年代からソフトウェア開発事業にも参入。そして1990年、現在の社名「日本コムシス」に。

 1970年代からは、大規模情報システムのソフトウェア開発やネットワーク構築を請け負うなど、SI(システムインテグレーション)の分野でも高い評価を得るようになる。そして1990年、現在の「日本コムシス」に社名変更。「コム(COM)」はcommunicationとcomputer、「シス(SYS)」はsystemを表す。

 もともと通信設備工事の分野で蓄積してきた技術が、システムの開発やネットワーク設計の事業と融合することで、他社にない個性と強みを持った企業へと、ダイナミックな変貌を遂げていくのである。



携帯電話の普及と、無線通信技術の進化をサポートする事業を、全国規模で展開してきた。

 1992年~2002年ごろまでの日本は、バブル崩壊後の「失われた10年」などと評されることが多い。しかし日本コムシスはこの時代に、業績をさらに拡大している。その原動力となったのが、携帯電話の普及である。日本社会を大きく変えた「ケータイ」のネットワーク。これを支える無線基地局の建設はもちろん、通話品質の向上やパケット通信を高速化するためのエンジニアリングサービスを、通信事業会社に向けて提供してきたのである。

 スマートフォンでの大容量データ通信を可能にしたり、ケータイがいつでもどこでもつながるようにしたりするのも、じつは“日本コムシスの仕事”なのだ。この分野で蓄積してきた技術が、システムの開発やネットワーク設計の事業と融合することで、他社にない個性と強みを持った企業 へと、ダイナミックな変貌を遂げていくのである。


自社ブランド商品が次々と開花。ユビキタス社会をリードすべく、コムシスは挑戦し続ける。

 21世紀に入って日本コムシスは、「通信設備工事」「ソフトウェア開発/情報システム構築」に次ぐ第三の柱として、企業の課題を解決する「ICTソリューション事業」に注力している。通信と情報システムに関する幅広い技術と、400人を超えるネットワーク/ソフトウェア技術者が、当社の大きな財産。これら社内の豊富なリソースを、ICT事業での収益につなげていくために、組織間の連係プレーを活発化させている。

 ICTソリューション事業を手がける会社は、世間にたくさん存在する。しかしソリューションに加えて、情報通信インフラの設計・工事・保守・運用サービスまでを1社でトータルに提供できる力を持つ企業は、ほかに存在しない。ユビキタス社会における日本コムシスの強みは、ここにある。ただし、ICTの業界ではまだ知名度が低い。そのぶん多くの可能性を秘めた、いわば“宝の山”状態にある会社なのだ。


数字で見るコムシスの実力

1,906億円

通信建設業界において、従業員数が3,000名を超えているのは、業界トップレベル。

311億円

日本コムシスの資本金。通信建設業界ではダントツ。
建設業全体でみても非常に大きな数字。

400人超

ネットワーク技術者、ソフトウェア技術者の数。
通信設備工事が主体の企業で、これだけのITスペシャリストを抱える企業はほかに存在しない。

  • 日本コムシス的ワークスタイル
  • 羽田空港D滑走路無線通信設備工事
  • コムシスの森づくり
  • 車椅子のフェデラー